闊達行雲のお絵かき&レビュー

イラスト、小説、ゲームを作っています。

【有料級】創作活動を続けていくために【1万字超え】

 

こんにちわ、闊達行雲です。

 

今回は創作活動を長く続けていくコツみたいなものを、自分の経験からお伝えしたいと思います。

自分はブログのPVにしても、Xのフォロワーにしてもそれほど多くありませんが、活動を客観的に俯瞰してみた時に、長く続いているという点はわりに評価できる点かなと思っています。これまで活動している中で、残念ながら創作活動を辞めていった方もたくさん見てきました。それはもともと「お金が儲からなかったら辞める」、「期間までに結果がでないと、とても続けてはいられない」など、金銭的事情によるものが多いような気がしています。だから一度結果がでないと、もう二度と戻ってくることはない。そういうマネー獲得の一つの手段としてDL同人をやる・・・。そういう人が多いような気がしています。

しかしお金の心配をしながら、不安にせき立てられるようにして描いていても、いいものはでてくるでしょうか。昨今は、お絵かき講座や教本が乱立しています。「簡単に絵が上達する、最速○週間マスター、○日でうまくなる」などの言葉が踊り、ますます「下手な自分でも、絵の専門的な教育も受けていないけど、少し努力すればうまくなれるんじゃね?」的な感覚を抱かせる。そしてそういう現状を誰も批判することもないまま、ビッグヒットをとばした作品が実写とコラボすることによって、アメリカンドリーム(死語?)ならぬ同人ドリームがあなたも見れるよといったような感覚を抱かせるような雰囲気が、漂っている感じがします。

しかし実際はどうなのか。そして本当に同人活動が好きな人が、大切にしていることは何か。どうすれば活動を続けながら、少しでも収益を上げていくことができるのか。

DL同人が大好きな自分が、これから参入してくる方、あるいは少しやったけど思うように結果がでず悩んでいたりする方に、継続して活動を続けていくことができるようにする方法を、自分の体験からお話ししたいと思います。

つたない経験ではありますが、できる限り生涯を通じて、何らかの形でこの分野に関わり続け、作品制作を行っていきたい・・・。僭越ながらそのように思っております。多分、大きな問題がない限り(病気とか、お金が本当に尽き果てるなど物理的に活動継続が不可能にならない限りは、ということ)、やっていくでしょう。どれだけ時間がかかってもいいので、絵がうまくなりたい、描けるようになって少しでも売り上げを伸ばす。そのために自分の人生全体を賭けて努力をする・・・。そういう人が書いている文章だと思ってください。

その僕が現在位置で誇れるものは何か、というと、活動を継続してきた期間です。通算すると14年、お休みしてきた期間を除くと8年ほどやっています。商業方面で活動したということは一切なく、本当に各種DLサイトさん(DLsiteやFANZAなど)での活動(DL同人)だけをやって、ここまできました。これからも続けていき、途中途切れることはあっても、やれる限り人生の最期まで継続しようと思っています。そういう自分が、活動を続けていくときに何が大事だと思うか。また間違った考えは何か。そのようなことをまとめてみました。

成果がなかなか出なくても、自分はDL同人という作品発表の形態が好きだ。続けてやっていきたい・・・。そう思っておられる方は同志です。「お金、お金、お金・・・」と少なくない人が思っている中で、一人でも多く「いや売り上げも確かに大事だが、本質的に、僕は(私は)DL同人という制作形態が好きだ!下手でも続けてやっていくことで、遠くない未来、良い作品を残したい」という人が増えてほしい。そしてこのジャンルを底堅い、大きな制作分野へと引き上げていって、良質な作品が増えていってほしい。そういうことを思って、この文章を書きます。

 

少し長いけれども、はりきっていってみましょう! 

 

・お金を簡単に稼げる=DL同人活動?

さてそのDL同人ですが、僕がスタートしたときでも、これだけの作品販売数が記録されるジャンル、あるいはそれだけの描き手がいるジャンルに育っていくとは思っていませんでした。大手販売サイトのDLsiteを運営するエイシスの業績をみても、少し古めのデータですが右肩上がりの成長をしているようです。

 

gamebiz.jp

参入してくるタイプの人はいろいろいますが、いずれも収益をあげたい、お金儲けしたいという方が多いように見受けられます。実際、DL同人をやっている方の活動を見てみると、YouTubeで「収益報告」といった形で、自分の作品における収支を公開している方が、けっこう見られます。みんなすごいなと思わせられる方が多い。結局、自分の収益を公開することによって作品の紹介にもなるし励みにもなるし、それで高評価ボタンや視聴回数があがったりすると嬉しいという承認欲求の充足などもあるなど、各人いろいろなテンションでやられているのでしょう。そういう現状です。

また「DL同人」と検索してみると、すごい売り上げをあげた方、脱サラして本を出してみた結果、年収が○○○○万円になりましたなどの記事が出てきたりします。YouTubeの動画が多いですね。成人向けが中心で、そこではどういうジャンルが売れるのか、という統計的なデータを出しているもの、「とにかく作品を出し失敗してこい」、「早く作品出せ」などよく分からない檄を飛ばすものまでさまざまあります。なんというか若干体育会系のテンションで、銭をかせぐために統計を取り、作品をとりあえずだし、失敗し、それでも売り上げアップをめがけて自ら尻を叩いて歩いて行け!そのようなメッセージが出されているように思います。そしてうまくいった人は成人向けでも顔出しで収益報告を行うなど、タレントさながらの活動をされている人もいますね。また商業作家でも、何を思ったか商業の方がぜんぜん売れないのか、はたまた同人のほうがカネになると見込んだのか、DL同人の方に“転向”してくる人もいたりします。金の奴隷は悲しいものです。

僕自身はもちろん好きで描いているからDL同人という領域はすごく好きで、好きだからこそ10年近く活動しているわけですが、なんというかそういう金との結びつきが強いのはどうなのかなと思ってしまいます。初心者の人が簡単にお金になる、あるいはある程度描けるなら、努力をすれば、マネーを掴んで生活を成り立たせることができるんだ・・・。そう勘違いするからです。一部の作家が儲けているだけで、実際はそんなに簡単にDL同人だけで生活を成り立たせることができるワケではない・・・。そういう実態があまり紹介されてない。それが分からないまま作品制作を志して、文句さえも・批判さえも言えないまま辞めていった人(あるいは辞めそうな人)を、僕は複数人知っています。

人の入れ替わりはかなりありますね。そして横のつながり(友人関係とか)は少なく、同業者をライバル視している。表面上は笑顔で接していても、実際はじりじりと自分の生存と足下を見られないようにする見栄で、戦々恐々としている・・・。そのような人もいますね。そういう「表象」というか、「DL同人は儲かるんだ、お金になるんだ」という“イメージ”に誘われてそろそろと入ってくる人が多いから、DL同人界隈は作家自体が多く供給過多になっています。加えて2年前くらいからの生成AIの解禁で、stable diffusionなどを使用したAI作品が並ぶようになり、ますます参入の敷居は下がっています。

しかし、そんなに簡単に儲かるものではありません。

確かに敷居が低く、売れない場合の在庫を抱える心配もなく、自由に初心者でもとっつきやすい・・・・。その点は素晴らしい利点だと思います。でも売れている人、そしてそれだけで生活が成り立っている人の作品は、ほとんどの場合レベルが高いです。加えてX(Twitter)やpixivなどでの地道な宣伝活動があって、その相乗効果で売れていく・・・。そういう面もあります。売れている人・それで生活が成り立っている人は全体の数%。その下には無数の売れていない人の層が広がっている・・・。それが現状です。

真面目で絵が好きな人、地道な努力をしたいと思っており、でも絵はちょっと下手なくらい。そういう人に限って、無用な憧れを持ち、「あんな稼いでる人みたいにオレも(私も)なるぞ」とか思っている人は、認識を改めた方がいいです。そんなに勝れた人格の人ばかりではない。あるいは小遣い稼ぎ感覚で参入して、10万くらい稼いで、「なあんだ、大して儲からないから、この辺で損切り~♪」とパパッと辞めていく人も、世の中いますよ。本当にジャンルを愛して、そのために汗を流そうとか思っている人なんて、いても本当にわずかです。ほとんどみんな、自分のことしか考えてない。

稼ごうと思ってはじめた人たちが、音信不通になって辞めていく。そういう人の群れが死屍累々と広がっている。そういう現実もあります。アニメやマンガの二次元分野は明るく語られることも多いですが、内実はけっこうな実力主義の領域です。それに鼻をかけて、テクニックごり押しでふんぞり返って偉そうに陣取っている人もいますね。絵が勝れているからといって、人格的に勝れているわけではありません。

倫理的な面は、僕が活動を開始した14年程前はもっとひどかったですね。成人向けの作品が多く、供給が少なかったのである程度注目はしてもらえましたが、みんな自己中で自分のことしか考えていない。しかも相当売れている作家でもその調子で、人が困っているのに、助けずに逆に激高して終わる。そんな人もいました。そういうのを見て、「ああ、この人いい作品描いてて憧れてたけど、こんな人だったんだ・・・」と一気に興ざめしたのを覚えています。当時の成人向け作品の発表してる界隈は、困っている人を見ても知らずにスルー・無視、あるいは「そんなもんがなんで存在しているんだ。問題なら自分で解決しろ。できないなら辞めろ!」みたいに激高する空気感が、まだけっこう残っていました。長くやっているとそういう負の面を見て、過度に作家の“人間性”に期待しなくなりますので、メンタル面でのタフさは鍛えられた。そういうふうに解釈して終わりにしておけばいいです。本当に上を見ても学べる人は、一人もいなかった。そういう記憶しかないです。

それに比べると、今は一般向けも増え、YouTubeなどで横のつながりを求めていく善良な人が少しですが増えた感じで少しマシになった気もします。が、DL同人=儲かるという表象(イメージ)、オタク市場とお金との結びつきは依然強いままです。この辺には大いに疑問があるということ、稼いでいる人もいる一方で、辞めて言っている人、傷ついた人もず~っといるのだということをお伝えしておきます。

・それでも同人活動が好き

僕も金のためなら、正直こんな作業さっさとやめて、空いた時間を別の事業やったほうが、金銭的にはずっと稼げます。でもやっているのは、打算抜きの思いがあるからです。DL同人の現状を伝えるものとして、実際に活動されていた方の本があります。

 

 

いまは活動自体休止されている様子で、撤退されたのか、また別の職種に就きながら戻ってこられるのか分かりませんが、この方の出した3冊ぐらいの本は、DL同人で活動している人のリアルな状況を述べていて、参考になるところも多いです。題名が読者の目を引き関心を持ってもらおうとする『稼げる』感じにしようとしていて批判を受けていますが、中身は読み応えがあると僕は思います。

この本でも書いてありますが、まず現状認識を刷新しておいて、初心者の方が深いダメージを負わないようにしておきたいのです。アニメや同人は夢があり、その分現実離れした幻想を抱きやすいので、そこを現実面において本当に腰を据えてやろうとしている人が傷つかないようにしたい・・・。そういうところを知ってほしいと思います。

競争が激しいということは、それだけ魅力があり、やりがいのあるジャンルである・・・。そういうことも、もちろんあります。僕も学生時代からずっとアニメやゲームが好きでやってきて、40過ぎても同じことをしんじりもんじりやっているとは、正直思いませんでした。しかしやりたい気持ちはまだまだこんこんと湧いてきます。それだけアニメ・ゲームなどの二次元には魅力を感じています。ただの現実逃避の手段、それを再生産するだけの停滞したジャンルならばそんなに続きませんし、そこで作品を作ってやろうという気概も途中で無くなっていたと思います。それが続いている。そして続けさせようという気になっている。

それだけ作品制作が好きだからです。それ以外にないです。

じゃあその強い気持ちを持続させていくために、一体僕は何をやってきたのか、何を伝えられるのか。その辺を具体的に解説していきます。

 

それじゃあ、実際に何をやっていくのかに入っていくぜ!

 

・活動を続けていきたい人にお勧めの行動【釈迦に学ぶ】

さて、では実際に活動を継続してとりくみたいという人、このDL同人という領域は今後どうなっていくのかわからないけれど、ネットを通した委託販売という形態には、魅力を感じている。続けていきたい。そう思う人に向けて、僕なりに経験してきて良かったことを述べていきたいと思います。

(※以下、引用部分はブッダの初期経典からの引用です。ページの最後に製品リンクが貼ってありますので参照ください。)

・楽しんで作業する

下手に締め切りなどを設定してやるよりは、自分のやりたいこと、描きたい絵を突き詰めてみてもいいのではないでしょうか。続けるときは楽しんでやることが大事です。「好きこそものの上手なれ」で、好きなこと・楽しいことは、無理なくできますし、続きます。そして上手くなっていきます。もちろん他者に迷惑のかかること、法律に抵触することはやってはいけません。好きだからといって他者を傷つけるようなことをやってはいけません。しかし、常識的に考えて、自然な感情として楽しいと感じること、好きなことを追求することはよいことだと思います。

特に学習すること、同人作業をしながら、なぜこういう行動をしているのか、こういう絵を描いているのかと考えながら、自分を解析・吟味しながらやっていくと自分のことがよく分かってきます。大乗仏教の唯識学では、いっさいを自分の心のあらわれとして見ていきます。なぜこういうホラー作品を見ているのだろう、なぜグロテスクなものを見たくなるのだろう。悲しい詩が心に残るのだろう。あるいは、なぜこの人の絵に魅力を感じるのだろう、模写したくなるのだろう、なぜこの作家が好きで尊敬しているのか、幼少期の頃、なぜあのマンガが好きだったのだろう、あの音楽のあのメロディが今でも心に残っている・・・etc。そういうことはすべて自分の心によって決まるのであり、自分自身の心の表現(あらわれ)としてみていくのですね。そうすると今まで相手に投影していた自分の心・感情が、自然と見えてきます。自分のことがありありとよく分かってきます。いいところも悪いところも分かってくる。そして、隠されていた自己の攻撃性やおぞましさ、善人のところに立って、相手の不幸を糾弾して「自業自得だ。いい気味だ。もっと苦しめ」というように責め立てる、地獄の獄卒(鬼)のような心にも気づかされるのですね。

大学生の方や、時間に余裕のある方は、時には「こうすればうまくいく!」というような浅薄な考えやあざとい思考は捨てて、自分の自然な心にまかせてみてください。計らいを捨てて、ありのままの自分が何をしたがっているのか。それを見つめ、それに従ってみてください。もちろん、「大学に行きたくない」、「自分の作画作業だけしていたい!」という気持ちが見つかっても、学校に行かないといけませんし、仕事があるならば、自分で決めたこと、やらないといけません。しかしいつまでもそれに従ってばかりいると、本当に自分がやりたいことが見えなくなります。時間の取れた休日、あるいは長期の夏休みや春休み、盆休み、GW、年末年始の休みなど。あるいは、自営業でやっていくと決めた場合は、時間は実質無限ですから、それこそ自分で制限を加えて行く必要はありますが、その範囲内であるならば、時間は有意義に使うことができます。人に迷惑をかけたり、傷つけたりしない範囲で、自分の好きなこと・やりたいこと、楽しいと感じることを追求してみる。そうすると、自分が本当に望んでいること、やりたいことがわかってきます。

はからいを捨てて、自分の自然な心の流れにまかせてみること。そうすることで、予定や計画などを立てていたときには想像もつかなかったような優れた成果を発揮することができます。考えていた目標や計画が実際は遠回りの道であった、ということが分かることもあるし、思わぬ方向から道が開けてきたり収入が入ってきて、課題が勝手に解決されていく・・・。そういうようなことも、僕はありました。

兎にも角にも、楽しんで作業を続けていくことで下手な人でも上手くなっていきますし、能力も向上します。僕も最近になって、ようやく絵の描き方が分かってきた感じがします。それはどうやってそうなったのかと言えば、中学・高校の時に身につけてきた、あるいは社会人になって初期の頃に身につけてきた古い描き方を捨てて、かじりついてきた自分の描き方に対する「執着」を捨てたから。ひたすら自分のありのままの、そのままの自分を追求し、楽しいと思うこと・面白いと素直に感じること・好きなことを、計らいを捨てて、追い求めたからでした。いまでは、もちろん時間通りに行かないといけない病院の予約などには行きたくなくてもいきますし、会いたくない人にも会うこともあります。「やらねばならないこと」をやってはいますが、しかしできる限り、自分の「やりたいこと」、「好きなこと」を計らいを捨てて、優先してやるようにしています。そうすると自然とうまくいくような気がし、ああこれでよかったんだ、と嬉しい気持ちにあることがあります。

続けるには、好きなこと・楽しんで自分が楽しいと感じることをやること。できる限り人生のあらゆる瞬間をそういう楽しい時間にしていけると、自然とやっていることは続くものです。夢中になれることをまず、「見つけること」。自分の自然な欲求がどっちを向いているのか。「~しなければならない!」という気持ちをいったん保留して、できる限り、自分の自然なありのままの欲求を大事にしてあげる。そうすることで自分のことが分かってくるし、作業も嫌にならずに、続けて行うことができるようになります。最近の言葉で言うと、自尊心(self-esteem)、自己肯定感を大事にするということにもつながってくると思います。適切な自己愛は大事です。ぜひ自己肯定感が高まる選択をしてみてください。

 

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・人付き合いに気をつける

世の中善良な人ばかりではないことは、みなさんも知っていると思います。しかし、巧妙なやり方でだましてくる人もいるので、注意が必要です。自分の心の隙間をついて、弱みにつけこんで、卑劣なやり方でだましてくる人もいます。あるいは自分自身がとんでもない人に憧れている・・・。そういうこともあります。

特に「自分は正直に、なんでもかんでもあけすけに語るほうだ」という人ほど注意が必要です。それはその人の親御さんが特に子供を愛していて、「親が信頼できるから、なんでも隠さずに話す。それがいいことだ」。そういう風に学習しているところが大きいからだと思います。

しかし、他人は“親”ではありません。世間には、社会には、自分の親とは異なる、いろんな価値観を持った人間がいます。人それぞれ顔かたちが違うように、持っている思想、考え、解釈はみんな違うのです。人の弱みをみつけると、平気でそこを突いて攻撃してくる・・・。そういう“悪人”もいます。しかも本人は、それを悪だと認識せず、善だと正当化しているから、悪魔的です。

「素直さが一番人生大事だ」。正直に素直に話せることがいいことだと思っている人もいると思います。しかし、「自分は正直だ」と思っている人が強い二面性、仕事の時とプライベートに極めて大きな差異がある・・・。そんなことはないでしょうか。素直というと裏表のない、心と行動が一致した状態を指すはずですが、二面性が強く、プライベートと仕事が非常に異なった姿をしている。

そんなとき、では仕事の時は「嘘」をついていないだろうか。仕事の時と、プライベートと、どっちが本当の自分なのでしょう。どちらも本当だよ、という人は、極めて強い愛憎感覚を持っている。大きな緊張感・ストレス環境のもとで生きているのかもしれません。身体は大丈夫でも、やがて精神にきて、脳内のホルモンバランスが崩れ、病気になるかもしれません。

なぜストレスを感じているのだろう。いったい「本当の自分」ってなんなのだろうか。そういうときに自分は本当に正直なのだろうか。嘘はついていないと思っているけど、自分の中に、自己の知らない自分が隠れているのではないだろうか。本心から、自分は生きていないのではないだろうか。そういうことを、疑問に持ち、自分の欲求を整理し、まとめていく必要があります。

ところが、ある程度の年齢の大人で悪知恵のはたらくような人は、そんな悩みを知った上で、逆手にとってだまそうとしてきます。そのような人もこの人間社会、存在するのです。素直さが大事、というと、率直に悩みを打ち明けることを“弱み”として、そこを突いてきます。正直に悩み相談したら、自分の秘密も正直に打ち明けたら、それを“拡散”させられた。もう誰も・何も信じられない・・・。信頼感が失われ、自尊心が砕かれる、そういう結果になるのですね。だから悪人は卑怯で卑劣で、付き合ってはならないのです。

DL同人活動をしていても、ネット上ですから、どんな人が見ているか分かりません。仲良くしてくれるからといってついて行くと、とんでもない痛い目を見ることになる。とかく若い人は、大人に利用されないように注意しないといけません。悪を勧めたり、言動や作品を見て「おかしいな」と思うところがあったら、警戒し、自分の頭でよく考え、速やかに離れましょう。警戒心を怠らないこと、そして自分の頭で意識的に考えることは、成功哲学の祖、ナポレオン・ヒルが強調する、“成功の鉄則”です。

よく心に刻んで忘れないようにしてみて下さい。人間関係で嫌な思いをすることが減ると思いますよ。

 

(友となって)同情してくれる愚者よりも、敵である賢者のほうがすぐれている。同情してくれる愚者は、(悪いことを教えて)ひとを地獄にひきずり下ろす。

(ウダーナヴァルガ)

 

それ故に、賢者は、自分は果物籠が(中に入れる果物に)影響されるようなものであるということわりを見て、悪人と交わるな。善人と交われ。

(ウダーナヴァルガ)

 

・奇を衒(てら)わず、中身のある作品を発表し続ける

結論から言うと、活動は続く人は勝手に放っておいても続くと思っています。僕もこれが一番満足度が高いから、お金にならなくても続けている感じです。まあスキルが上がって、下手で専門学校や美大などをでていない自分でも、10~20年くらいかければ手応えはあるのではないか。そういう風に感じているからです。実際、通算14年やってみて、スキル的にはずいぶんうまくなりましたし、作画の自由度は比べものにならないほど増しました。

ありがちなのが売れるために、奇を衒う、つまり変わった行動で注目を集めようとすることですね。最近は何か突飛なことをやりたい人が増えているのか、一発芸的なノリで派手なことをしたがる人が増えている感じがします。少し前ニュースであったのでは、飲食店で、添えつけの天かすや紅ショウガをむさぼり食べてそれを動画にしてみたりすることです。悪いって分かっているのに、一瞬の“ノリ”や気分の高揚に理性が逆らえない。結果、バカなことをやって、自滅している。ニュースは人間の姿を映す鏡です。

仏教に因果の理法が教えられています。釈迦の「善因楽果、悪因苦果、自因自果」の教えです。善いことをすれば、楽しい結果がやってきますよ(心が楽になりますよ)。悪いことをすれば、苦しい結果がやってきますよ(心が苦しみますよ)。自分の蒔いた種(原因=行為のこと)はブーメランのように、自分に返ってきますよ。という法則です。

 

播いた種に応じて果実を収穫する。善い行いをした人は、良い報いを得、悪い行いをした人は、悪い報いを得る。

(サンユッタ・ニカーヤ)

 

楽しいというのは、この場合、短期的にも長期的にも、その人が幸福になる結果をもたらす、ということです。人の不幸を見るのが自分の“楽しみ”だとか言っている場合には一切当てはまりませんので注意してください。ブッダは常に、心を重視します。*1

またこの内容とほとんど同じことを言っている哲学者もいます。

世の中このブーメランをくらって泡を吹いている人ばかりのように感じられます。自分自身もそうでした。自分で自分を心理的に傷つけ、否定してきた。そして嫌な目に遭ってきました。

聡明でない愚人どもは、自分に対して仇敵(かたき)に対するようにふるまう。悪い行いをして、苦い果実をむすぶ。

(ウダーナヴァルガ)

ブーメランをくらい痛い思いをしないためにも、自己の行為を適切なものにしていきたいものです。何か特別な突飛なことをやって「一発当てよう」と願っても、そういうことをやってたとえ一時的にうまくいったとしても、後から必ずしっぺ返しをくらって、痛い思いをしないといけない。それならば確実にいい記事を書き、すぐれた絵を描いていって、視聴者・読者の支持を獲得していくのが一番ですよね。活動期間が長くなればなるほど、嘘や誇大なところがない、等身大の感覚から発せられるものを裏表なくやっていこう・・・。そういう気になってきます。

まあ最初からなんでもかんでも達観してうまく立ち回れるなど無理なので、失敗しながら学んでいくことになると思いますが、「この人の言っていることはなんとなく心に残るな」、「この人の言っているは信頼が置けるな」という人をもって、自分の意見は持ちながらもいいところを受け入れていくと、いい方に進んでいくことが多いような気がします。

 

ただ善き人々と共に居れ。善き人々とだけ交われ。善き人々の正しい理法を知ったならば、すべての苦しみから脱れる。

(サンユッタ・ニカーヤ)

われらは実に朋友を得る幸せを讃め称える。自分よりも勝れあるいは等しい朋友には、親しみ近づくべきである。このような朋友を得ることができなければ、罪過(つみとが)のない生活を楽しんで、犀の角のようにただ独り歩め。

(スッタニパータ)

・堅実な努力

華の人気を追うよりも、お金よりも、なによりも堅実に努力をする。そしていい作品を出していき、読者の信頼を勝ち取っていくこと。それこそ、もっとも大事だと思います。一時的に売り上げが上がったり、ブログのPVが伸びたりしても、一瞬で消えてしまう。そして派手なこと、嘘、誇大な言葉を書いたことは残っていくのですね。だからこそ消えずに残る良いコンテンツを提供して、誰かの苦を軽くしてあげること。人の悩みを感じ取り、それを適切に解消することで、人の役に立つこと。そういう作品や記事が伸びていくのだと思うし、結局のところ、その人に利益をもたらすのだと思います。

世の中いろんな企業がありますが、何らかの形で人の役に立っている。朝早くから夕方~夜まで、飲食店なら飲食を、病院なら医療を、コンビニなら食品や雑貨を、薬局なら薬や日用品を提供し、人の役に立っている。そしてそこから利益を得ている。おかしなことをやっている企業もありますが、そういう会社は過ぎていく時間の中で、やがて不正が発覚し、社会的制裁を受けています。

さきほど釈迦が説いた因果の理法を紹介しましたが、プライベートで不適切な男女関係を行ってキャスターや番組を降板になる人、ネットで誹謗中傷を行った結果、不幸に陥る人が後を絶たず、かわいそうだなと思います。種を蒔かずに結果が得られるはずもない、また自分が播いたものは必ず自分のもとにブーメランのように返ってくる・・・。そういう知識を知っていればなと思うと、情けないというか、悲しい気持ちになります。ひたすら学び研鑽することが、この世を幸せに生きる道なのだということが知らされます。

起てよ。つとめよ。平安を得るために、ひたすら学べ。

(ウダーナヴァルガ)

学びにつとめる人こそ、この大地を征服し、神々とともなる閻魔の世界を征服するであろう。わざに巧みな人が花を摘むように、学びにつとめる人こそ、善く説かれた真理の言葉を摘み集めるのであろう。

(ウダーナヴァルガ)

ネットで展開するYouTubeやブログなどの表現手段を使って、自分の気持ちに素直に、視聴者・読者に向け、知らされたことを発信しながら、やがて、売り上げも実力も大きく花開いて、「やってきてよかった、努力が実を結んだ!」と言えるように、ひたすら精進していく。

これが大体の、僕の人生のブループリント(青写真)。そう思う今日この頃です。

 

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以上、継続した創作活動を行う上で大事だと僕が思うことを、4点にして述べてみました。みなさんの創作に参考になるところがあれば幸いです。

 

 

 

 

 

最後まで読んでくれてありがとう!

 

*1:

ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。───車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように。

(ダンマパダ)

ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも清らかな心で話したり行ったりするならば、福楽はその人につき従う。───影がそのからだから離れないように。

(ダンマパダ)